▽みなと・かなえ
1973年、広島県生まれ。武庫川女子大学家政学部被服学科卒業後、アパレルメーカー勤務などを経て、99年に淡路島にある高校の家庭科の講師として赴任。結婚、出産の後、作家活動に入る。「告白」で2009年本屋大賞受賞。近作「ユートピア」で山本周五郎賞受賞。欧米やアジアでの評価も高まっている。洲本市在住。
2007年に小説家としてデビュー以来、特異で緻密な人物設定と読み手を翻弄(ほんろう)するストーリー展開が話題を呼び、ベストセラー作家としての地位を不動にした湊かなえさん。武庫川女子大(西宮市)での学びやサークル活動が人生の選択肢を増やすことになり、人生が広がっていったと話し「これだけ考え、行動できる時間は大学時代だけ。4年間を精いっぱい有効に使ってほしい」と語る。
瀬戸内海に浮かぶ因島(広島県)で生まれ育ったのですが、大学を選ぶ際に親から「関西までなら」と条件を付けられていたので、じゃあ一番遠い関西にしよう、と。理系科目が好きで手先も器用だったことを生かし、将来就職につながる学部学科を考えて家政学部に決めました。関西に出るのは初めてだったので、近所の人から「大阪と梅田は同じだからね」と注意を受けました。
友人に誘われて入ったユースサイクリング同好会で、いきなり香川県の金比羅山まで自転車で行くことになって。そんなことができるんだ、と驚きましたが、世界が一気に広がったような気がしました。在学中に全都道府県を回りましたし、小説で題材にすることの多い山を好きになるきっかけを与えてくれたのも自転車です。
被服学科には洋裁、和裁の授業もありますが、染色や繊維の物理特性を学ぶ科学の要素が入った授業も楽しかったです。井上靖さんの小説に、登山用ロープが切れて滑落する事故を扱った「氷壁」という小説があるのですが、これを題材に「なぜロープが切れたのか」を考えさせる課題もありました。
せっかく通わせてもらっているわけですから、大学時代に取れる資格は取っておこうと思って、家庭科の教職課程のほかに繊維製品品質管理士などの資格も取得しました。結局アパレルメーカーに就職したので、教員資格取得に費やした時間は無駄になったなと思ったのですが、これが後になって役立つことになります。
森村桂さんの「天国に一番近い島」に感化され、南の島にあこがれていました。ある日、通勤途中のバスの中で目に入った青年海外協力隊のポスターをきっかけに、トンガ王国で家庭科の教師を求めていると知ってすぐに応募し、2年間トンガで過ごしました。トンガで使う教材の相談に乗ってもらった大学時代の先生に、帰国後にあいさつに出向いたところ「せっかくだから県内の高校で家庭科の講師の仕事を続けてみないか」と紹介を受けたのが淡路島の高校でした。
淡路島に移り住んで結婚、出産をしました。しばらくして何か新しいことを始めたいと思うようになり、パソコンで文章を書いてみようと考えました。書いた脚本で賞をもらったのですが、テレビ関係者から「脚本は打ち合わせが多いから、東京でないと仕事ができない」と言われ、小説なら東京に行かなくても済むだろうと考えたのです。テレビに負けたと思われたくなくて、あなたたちに映像化できないものを書いてやると思ってできたのが、登場人物がしゃべり続ける「告白」です。東京にいると、東京で成功することが目的になってしまう。淡路島にいれば東京を意識することなく、直接世界に向けて書くという発想が持てます。ここで成功すればそのまま世界に通用するということ。小説だけでなく、観光などでも同じことだと感じています。
私は大学に入って奨学金(無利息)のことを知り、活用させてもらいましたが、もっと早く知っていればよかったと思っています。大学に行かせてもらうということは、じっくり物事を考え、自由に行動する時間をもらうということ。精いっぱい有効に使ってほしいと思います。