映画監督(神戸女学院大学卒業)
三島有紀子さんに聞く

どこからでも「世界」へ 自転車で全国回った青春

▽みしま・ゆきこ
1969年、大阪市生まれ。神戸女学院大学文学部総合文化学科を卒業後NHKに入局し、ドキュメンタリー番組の制作に携わる。11年間勤務した後に独立し、「刺青 匂ひ月のごとく」(2009年公開)で劇映画監督デビュー。代表作に「しあわせのパン」「繕い裁つ人」、湊かなえさん原作の「少女」など。8月26日に「幼な子われらに生まれ」が公開される。

小学生の頃から映画監督になる夢を描き、30歳を超えてから映画の世界に飛び込んだ三島有紀子さん。不器用ながらひたむきに生きる人間を丁寧に描く作品群は、多くの人に生きる勇気を与えている。神戸女学院大学(西宮市)での学生生活は、自主映画の製作に没頭しながらも、自身の興味を刺激してくれる授業を選び、受講できることが楽しかったそうで、「自分の尺度、価値観を育んでくれた4年間だった」と振り返る。

価値観や尺度が明確に

―映画との出合いは。

大学時代の自主映画で監督兼エキストラを務めた三島有紀子さん 4歳の時、父に連れられて大阪・梅田の名画座で「赤い靴」を見たのが最初です。赤いトーシューズの美しさに目を奪われ、主人公が結婚かバレエかの選択を迫られ、自死を選んだ結末にあぜんとしました。言葉はわからずとも、映像や音、表情で真意は伝わってきました。4歳からバレエを習い始め、稽古の後に映画を見て帰るのが日曜日の習慣になりました。

―それほどまでに夢中にさせたものは。

重たい話になりますが、6歳の時、路上で知らない人に性的いたずらを受けて、世の中が暗転しました。闇の中に光が映写されて描かれる世界が唯一の救いでした。人間がぶざまになっても生きていく姿が描かれ、この世は生きる価値があると教えてくれたのです。小学生の時にはもう監督という生き物になりたいと思っていました。 高校時代は授業中に自分が撮りたい映画のシーンを妄想し、クラスで取り組む文化祭の劇では「西部戦線異状なし」を題材に脚本を書きました。高校卒業後に映画の学校に通うことも考えましたが、父から「技術は社会に出てからでも学べる。監督として何を描くか。自分の価値観、尺度を育むのが大学だ」と言われました。ありがたかったです。

―大学生活は。

自主映画制作のサークルに入りました。暗い部屋で1カ月雨戸を閉めて8ミリの編集にかかりきりになるほど打ち込みました。授業も楽しかった。例えばアメリカ文化史では、リンカーンの奴隷解放は安い労働力を確保することが目的だったのではと、自分の思い込みが覆される新しい視点で物事を見る大切さを学んだ4年間でした。
ゼミで調べたインドネシアの養護施設のことを映像化したいと考え、無謀にもNHKに頼み込みましたが、丁重に断られました。その時プロデューサーらしき男性に、そこまで熱意があるなら採用試験を受けてみればとアドバイスされ、就職という道もあるのか、と。

―映画監督になる夢は。

NHKではドキュメンタリー映像を制作し、充実した時間を過ごしたのですが、阪神・淡路大震災を経験して、後悔なく生きたいと、映画監督の道に挑むことにしました。11年勤めた後、退路を断つためにNHKを辞めました。助監督をやりながら脚本を持っていろいろなところに売り込みに行った結果、撮ってみないかと声をかけてくれる人があり、この世界に踏み込むことができました。

―「繕い裁つ人」は神戸・阪神間がロケ地となりました。

父は幼い私をよく神戸に連れて行っては、洋館や教会をはじめとする建築物のことを解説してくれました。神戸・阪神間の豊かな歴史に育まれた建物が大好きで、記録としても残したいとの思いでロケ地に選びました。母校の神戸女学院の図書館でも撮影することができました。

―8月には西宮市名塩で撮影した「幼な子われらに生まれ」が公開されます。

バツイチ子持ち同士で再婚した浅野忠信さん演じる信が、元妻、現在の妻、妻の連れ子、実娘、そして新たに生まれる命をめぐって成長していく姿を描いています。人はだれもが異質な存在として生まれながら、家族になって同化しようとしたり、また離れていったりしながら死んでいく。それでもお互い親愛なる存在だということを英題の「ディア・エトランジェ(親愛なる異質な人へ)」に込めました。だれもが生きることに価値があると伝えることが私にとっての普遍のテーマですが、自分自身がそのことを信じたいのかもしれません。

―高校生にメッセージを。

大人になるということはある尺度、価値観を持つようになること。自分が気持ちいい空間に身を置くと、いろいろなことから自由になって新しい発想が生まれ、自分なりの考え方ができていきます。行きたい大学のキャンパスに立って深呼吸してみてください。体は正直。気持ちいい空間かどうかわかりますよ。

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